吉野宿の旧本陣 売却を検討

旧甲州街道の宿場・吉野宿(神奈川県相模原市緑区吉野)は、新選組ゆかりの地です。
詳しくは、歳月堂の新選組史跡ガイド『ふぃーるどわーく甲州』で紹介しました。
この吉野宿の旧本陣・吉野家が、敷地の売却を検討しているそうです。

甲州道中(甲州街道)・吉野宿の吉野家がこの地に住んだのは、鎌倉時代が始まりと伝わっています。
江戸初期からは名主を務め、また街道整備とともに宿場の本陣を務めるようになりました。

明治期となっても本陣としての威信を示し、1876年(明治9)には木造5階建ての「五層楼」を新築。
1880年(明治13)、明治天皇の行幸に際しては、昼休憩のための行在所として使われました。
1896年(明治29)、大火により旧来の建築が失われ、土蔵(江戸後期建築)のみが焼失を免れています。
国道20号線の拡幅工事に際しては、この土蔵を移動させしながらも、保存・修復の努力がなされてきました。

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吉野宿旧本陣 土蔵と聖跡碑

この土蔵は、土壁造りの3層構造で、扉には焼けた跡が残っています。
慶応4年3月、新選組(甲陽鎮撫隊)もこの吉野家の前を通ったことでしょう。

昨年、第29代当主・吉野甫さんが93歳で逝去され、土地・建物の維持が難しいことなどから、売却が検討されているとのこと。
売却されれば、焼失を免れた土蔵も、敷地前に立つ明治天皇聖跡碑も、取り壊される見込みです。

これらを取り壊さず保存するとすれば、当然ながら相応の費用や手間がかかるでしょう。
それを思えば、部外者が簡単に「保存して欲しい」などとは申せませんが、非常に残念ではあります。

ちなみに、旧甲州街道が相模国を通る区間には、4箇所の宿場がありました。
江戸寄りから順に、小原宿~与瀬宿~吉野宿~関野宿です。
これら相州4宿のうち、関野宿は何度かの火災により本陣ほか旧来の状態が失われて久しく、与瀬宿も旧本陣の敷地は先年売却されました。
これで吉野宿の旧本陣が売却されれば、敷地・建築ともに現存するのは小原宿のみとなります。
(※小原宿と与瀬宿は、『ふぃーるどわーく甲州』に掲載しました。)

旧本陣が消えてゆくのは寂しいことですが、吉野にはまだ郷土資料館「吉野宿ふじや」があり、かつての街道や宿場の様子を伝えてくれています。
せめて「ふじや」は今後も末長く存続してくれるよう、願うばかりです。

yoshino_fujiya.jpg
郷土資料館「吉野宿ふじや」

参考:毎日新聞Web版 2015年11月15日
旧本陣・吉野家:売却へ 江戸期、甲州街道の宿泊所 「聖跡」碑や土蔵も解体か 相模原/神奈川
http://mainichi.jp/articles/20151115/ddl/k14/040/126000c

2015-12-13 : 史跡情報 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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