石田散薬と河童伝説

土方歳三の生家には、「石田散薬」という薬の製法が伝わっている。
ミゾソバ(牛額草、牛革草とも)を乾燥、黒焼きにして作る粉薬で、打ち身や骨折に効くとされた。
かつて土方家では、副業としてこの家伝薬を製造販売しており、若き日の歳三は剣術修業のかたわら、これを村々の取扱い先へ卸売りして歩いたという。

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石田散薬」の由来には、伝説がある。
宝永年間(1704-1710)の頃、多摩川に棲みつき悪戯をする河童を、土方家の当主が懲らしめたところ、河童が許しを得る代わりに薬の製法を伝えた、という。
実際には、当主が何代かにわたり漢方医をしていたので、その研究成果として生まれたものと、ご子孫・土方愛さんはご著書『子孫が語る土方歳三』で推測しておいでである。
おそらくそのとおりであろうが、なぜ河童伝説が生まれたのか、興味は尽きない。
科学が未発達な時代、薬の効能が神秘的なものと考られた結果だろうか。

河童が人間に薬の製法を伝えたという伝説は、実は全国各地に存在する。
国際日本文化研究センターの「怪異・妖怪伝承データベース」を使うなどして、大まかに調べただけでも、以下の地名(旧名含む)が上がってきた。

   岩手県(花巻市、北上市二子町、岩手郡西山村、上閉伊郡宮守村ほか)
   秋田県(合川町、平鹿郡栄村、仙北郡角館町、仙北郡長信田村、北秋田郡)
   福島県(いわき市平)
   新潟県(三島郡三島町、南蒲原郡、中蒲原郡白根町)
   群馬県(多野郡上野村、利根郡水上町湯桧曽)
   茨城県(那珂郡、行方郡)
   埼玉県(大宮市、熊谷市)
   山梨県(韮崎市藤井町、南都留郡河口湖町、北巨摩郡中条村)
   長野県(伊那村、上小阿仁村、下伊那郡豊村、北城村大出)
   富山県(上新川郡太田村)
   石川県(金沢市)
   静岡県(田方郡中狩野村)
   愛知県(葉栗郡浅井町)
   岐阜県(揖斐郡春日村、揖斐郡徳山村本郷、吉城郡古川町、佐用郡)
   奈良県(吉野郡下市町、吉野郡十津川村)
   和歌山県(田辺市)
   大阪府(大阪市ほか)
   岡山県(久米郡久米町)
   鳥取県
   山口県(阿武郡)
   徳島県
   福岡県(直方市)
   大分県(直入郡)
   熊本県

河童が薬の製法を伝えた契機は、「悪戯をして懲らしめられた」という例が最も多いようだ。
ほかに「人間と相撲を取って負けた」「困っているところを人間に助けられた」「人の夢枕に現れて」などの説もある。

河童の薬の効能は、「外傷」もしくは「打ち身、ねんざ、骨折」などに効くという例が多い。
少数ながら「火傷」「痛風」「結核」「何にでも効く」という話も見られる。

また、これら伝説の中には、土方家と同様、家伝薬として扱っていた人物や家が具体的に伝わっている例もある。

そうした「河童の薬」伝説の中でも、特に興味深いのは、徳島県阿南市富岡町に伝わる例である。

江戸時代前期、賀島友井という医者がいた。長じて失明したが、生活に支障はなかったらしい。
ある日、琴江川の多聞ヶ淵へ、魚釣りに出かけた。この淵には、河童が棲みついており、日頃から悪戯を繰り返していた。この日も現れた河童は、友井が魚を釣り上げると、見えないのをいいことに横取りした。
何度か繰り返すうち、友井は河童の仕業と気づき、脇差しを抜いて切りつけた。河童は片腕を切断され、悲鳴を上げて水中へ逃げ去った。
魚と腕を持って帰宅した友井が、夜間休んでいると、河童が現れた。「腕を返して欲しい」と懇願するので、厳しく説教した後、返してやった。
河童の話では、秘伝の傷薬があり、それを使えば元どおりに腕をつなげることができるという。そして、返された腕の代償として、傷薬の作り方を教え、去っていった。友井がその薬を作って用いるとよく効いたので、彼の医名は広く知れ渡った。
その後、河童の悪戯は止んだ。


この賀島友井のご子孫は健在であり、お宅には「河童の傷薬」の現物が残っている。
徳島県が平成13~15年度に実施した「地域資産発見事業」のサイトにも掲載されている情報であり、地元では有名らしい。
さらに、月刊誌『ムー』2000年11月号に、取材記事が掲載されている。
それらによると、直径15cmほどの黒い壺に黒い粉が保存され、外側に「即功散」と記した紙が貼ってある。
そして、この黒い散剤は、砂鉄のように細かくさらさらしているという。
河童退治に加え黒い粉末状とは、実に「石田散薬」との共通点を感じさせるではないか!
これで原材料や製法も同じであればさらに興味深いが、それについては伝わっていない様子だ。非常に残念である。
(※賀島家には、牛鬼という妖怪を退治した伝説と、牛鬼の首の骨も伝わっているのだが、ここでは割愛する。)

もっとも、全国に「河童の薬」伝説があるのと同様、黒く微細な粉末状の民間薬も、特別に珍しいものではない。
したがって、ただ共通点が多いからといって、「石田散薬」と「即功散」との間に深い関連がある、と決めつけるのは早計であろう。
しかし、民俗や医学史の観点から掘り下げてみたら、何らかの興味深い展開があるかも、という期待感を禁じ得ない。

<2011年9月28日付 「歳月堂オンライン」旧ver.の記事より転載>

[追記]
茨城県行方市芹沢の芹沢家に伝わる「筋渡薬(すじわたしぐすり)」は、打ち身に効能があり、やはり先祖が河童から製造法を教わったという伝説がある。
この芹沢家は、新選組局長・芹沢鴨の生家とされている。

2011-11-06 : こぼれ話 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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