小枝橋その後

以前『ふぃーるどわーく京都 南』に掲載した、小枝橋が取材後撤去されたという情報はすでに紹介したが、その後の詳しい状況を案内できる場がなかった。
ここで改めて、小枝橋とその付近の状況をご報告したい。

慶応4年(1868)1月3日夕刻、京都市中へ入ろうとする幕府大目付滝川具拳(ともあき)率いる一隊と、薩摩軍指揮官・ 椎原小弥太の押し問答の末、幕府軍の通行を阻止しようとする薩摩藩兵が少し離れた鳥羽離宮跡の「秋の山」からアームストロング砲を発砲。
その後約1年半に渡り繰り広げられた戊辰戦争のきっかけとなったのが、まさにこの地であった。

もともとの小枝橋は鳥羽街道(平安京羅城門から南進する、大阪との交通路のひとつ。「鳥羽の作り道」とも称された)が鴨川を越え鴨川~桂川左岸を南へ延び始める地点、城南宮参道入口へ架けられた木橋で、明治3年6月の調査では長さ42間4尺、幅員3間と記録されている、曲尺で換算すると長さ約77.6メートル、幅員約5.5メートル。昭和10年に大水で流されるまで、この木橋が使われていた。

昭和30年(1955)、改めて鉄製の橋が架けられた。長さ85メートル(全長123メートル)、幅員4メートル(総幅員5.3メートル)。鴨川をいくらか斜めに渡る形に作られたので、その分長さが必要になったのであろう。この頃には鳥羽街道も京都市中心部を走る千本通の延伸とされ、(実際には梅小路地区とJRの線路で分断されているのだが)千本通と称されている。この小枝橋は、千本通の一部という事になる。(現況では、羅城門以南のこの通りは、もう1本西側へ付けられた「新千本通」に対して「旧千本通」と呼ばれている)。
九条通から南下した千本通はこの小枝橋を渡ると右へ折れ、鳥羽街道そのままの道筋として延びている。橋を渡ってほぼ直進する道が、城南宮道。正面突き当りは城南宮の大鳥居である。こちらへ歩き出してすぐの交差点北西角に、鳥羽伏見戦跡碑と説明板、道標が建っていた。戦跡碑と道標は後から設置されたガードレールに阻まれ、非常に写真面が悪かったものである。『ふぃーるどわーく京都 南』に掲載の戦跡碑は、その当時の物だ。
京都市街から国道1号線への抜け道として、千本通は貨物輸送車や乗用車が頻繁に往来し、路線バスも通る。交通量は年々増えていくのに、橋は幅員4メートルのまま。車の対面通行も危ぶまれる小枝橋には当然のように歩道も無く、歩行者が大型トラックに煽られながら渡る、安全性と利便性に欠ける橋となった。

京都市議会に、小枝橋幅員拡張の一般質問が提出されたのは平成2年10月8日。しかし、平成5年に架け替えが決定されても、その後数年は放置されたままであった。
やがて具体化した小枝橋改築は、平成10年(1998)2月から21億円の予算をかけて始められた。新しい橋の東端はそれまでの橋の70メートルほど北、西端は15メートルほど北へ移り、東端の延長は鳥羽離宮公園の東縁を走る道との交点で高架部分を終え、国道1号線と交差し、城南宮の北辺をなめて北向不動尊と安楽寿院の南側を通り、竹田駅南方の近鉄線線路へぶつかる。西端は千本通(鳥羽街道)との交点で橋梁部を終え、その先の通りとの交点で高架部を終えて、南西方向に曲がりつつ上鳥羽塔ノ森の排水機場へぶつかる。
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橋を含んだこの道路全体は、行政上「市道羽束師墨染線」と称され、小枝橋周辺の区間名は「国道1号~塔ノ森吉祥院線」とされている。また「市道羽束師墨染線」は、既存の城南宮道に対して「新城南宮道」と俗称されるようだ。
新しい橋の工事が終了したのは、平成11年7月(小枝橋の欄干東端には、平成11年3月完成と彫り込んである。行政上の都合なのか、欄干石を発注した後工期がずれ込んだのか、理由は不明)。開通式は平成13年(2001)年6月29日に挙行された。
長さ133メートル(総延長450メートル)、幅員22メートル(総幅員25メートル)。片側2車線歩道付きの、新生小枝橋がここに誕生する。
それまでの橋はここに役目を終え、平成13年(2001)8月~翌年3月の工期で、完全に姿を消した。

koedabashi00橋は架け替えられても、鳥羽伏見戦跡碑は旧来の位置に据えられたままだ。橋から訪れると、東端・高架途中の交差点から千本通(鳥羽街道)を南へ70メートルほど下り、最初のT字で城南宮道へ曲がってすぐの交差点北西角に相当する。

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小枝橋の工事と同時期に、それまでガードレールの影になっていた鳥羽伏見戦跡碑も交差点から見やすい位置に移され、新たに、撤去された小枝橋の記念説明板が増設された。
橋と戦跡碑は離れる形になったが、往時を正しく伝えるという意味ではこちらの方が望ましい姿と言えるだろう。

小枝橋への交通手段は、壬生屯所に近い四条大宮から島原口前、東寺東門、東寺南門を経由する京都市バス18系統久我石原町行で「城南宮道」バス停下車。または京都駅北口始発で京都駅八条口、大石橋(地下鉄烏丸線九条駅近く)、九条車庫、近鉄東寺駅、東寺南門を経由する京都市バス19系統中書島・横大路車庫行で「城南宮」バス停下車が最も便利。ただし、18系統は30分~1時間に1本、19系統は1時間~2時間に1本の運行なので、事前に時刻の確認が必要。
その他は、地下鉄烏丸線・近鉄線竹田駅西口から京都市バス南1系統(休日1時間~2時間に1本)、特南2系統(休日1日8本)、南3系統(休日1時間1本)、京阪バス6系統(休日1時間1本)、京阪シティバス24系統(休日1日5本)などで「城南宮東口」バス停下車も使える。
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遠い方の、洛南道路(国道1号線バイパス)にある「城南宮東口」バス停から、鳥羽伏見戦跡碑まで徒歩約15分。竹田駅から徒歩ならば、40分程度。
なお、京都駅八条口から京阪シティバス21系統京阪淀行という路線も「城南宮」バス停を通るが、朝3本程度の便があるだけで、実用的ではない。

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京都市交通局 ハイパー市バスダイヤ
  http://www.city.kyoto.jp/kotsu/busdia/bustime.htm
京阪バス
  http://www.keihanbus.jp/
京阪シティバス
  TEL 075-692-3311
  〒612-8418 京都府京都市伏見区竹田向代町77


<2005年10月30日付 「歳月堂オンライン」旧ver.の記事より転載>

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