戊辰会津戦争 母成戦戦跡への道 その4

母成峠には、「母成戦戦跡への道 その1」に記したとおり、会津方の本陣が据えられていた。峠の頂上付近に長い土塁を構築し、木柵を立てて防備としたのである。
そして今もなお、土塁の痕跡がこの周辺に残されているのだ。
ただ、やっかいな事には、現代に作られた防火用の土塁もこの近辺に設置されていて、当時の遺構と間違える人も多いようである。
戊辰戦争当時に作られた土塁の詳しい位置は、「ふぃーるどわーく 会津東」に収録したので、ご興味のある向きは是非ご一読願いたい。

さておき、土塁の様子を写真でご覧戴きたい。
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写真中央部の斜面に、浅く窪んだ箇所が手前から奥へ長く続いているのがお判り戴けるだろうか。
これが戊辰戦争の土塁跡である。

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2011-11-06 : 行軍手控 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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戊辰会津戦争 母成戦戦跡への道 その3

達沢方面から歩くと駐車場の奥。一段高くなった場所が、東軍戦死者の埋葬地である。
木立に囲まれた砂利敷きの小さな広場には、慰霊碑と、会津藩家老・西郷頼母の歌碑。そして戦死者を埋葬した土饅頭がL字型に並ぶ。
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母成峠の攻防戦で命を落とした東軍の士卒は、埋葬どころか移動も許されず野ざらしにされた。
後に、彼らを仮埋葬した場所がここである。

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2011-11-06 : 行軍手控 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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戊辰会津戦争 母成戦戦跡への道 その2

6時30分、猪苗代駅発。はじめ北へ延びていた国道115号線(土湯道路・旧福島街道)は、やがて東方向へ回り込む。
酸川野、木地小屋、大原と、史料に残る地名を辿り、沼尻へ差し掛かる。115号線はこの先へまっすぐ延びて土湯へ抜けるが、バスはここで右折して中ノ沢へ。
温泉街の中心部へ突っ込む手前で、再び右の道へ入る。そのまま道なりに進んで、7時15分、終点の達沢バス停に到着。①
猪苗代駅でも若松より冷え込んでいる気配は感じたが、ここまで来ると薄ら寒いくらいだ。
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達沢集落を、さらに奥へ。
とても緩やかな登り調子の道を進む。
途中には天然酵母と石窯焼きを売りにしたパン屋があり、カフェを併設している。母成峠往復だけなら、帰路にここで食事を摂る事も可能。
ただし、実際に利用した人の話では、料理が出てくるまでにおそろしく時間が掛かったそうなので、使うなら事前に連絡し、おおよその到着時間と乗車予定のバス時刻を告げて調整して貰うのがいいだろう。営業時間や定休日などは、以下のサイトなどを参照して戴きたい。

ハーブヒルコテージ・達沢森の石窯パン http://herb-hill.jp/
じゃらん おでかけガイド          http://odekake.jalan.net/spt_guide000000173123.html

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