白河の脇本陣 柳屋 修復完了

福島県白河市本町の脇本陣柳屋(わきほんじん・やなぎや)について、過去記事「白河の脇本陣 柳屋」にてお知らせしました。
今回は、その続報です。

柳屋の蔵座敷が修復、2018年4月14日から一般公開されたことを、地元マスコミ各社が報じました。

脇本陣の柳屋には、下記のような事蹟が伝わっています。
  • 慶応4年(1868) 戊辰戦争・白河口の戦い当時、新選組が滞陣した
  • 明治14年(1881) 明治天皇が東北・北海道を巡行した際に宿泊した

柳屋の蔵座敷は、文化元年(1804)に建てられたものだそうです。
(※柳屋の蔵座敷以外の建物は、明治15年の火災により焼失)
やがて老朽化し、さらに東日本大震災によって損傷し、修復が必要に。
平成26年(2014)に建物の寄贈を受けた白河市が、翌年から修復工事を行なっていました。
今回の修復では、明治天皇が宿泊した当時の姿を再現したとのことです。

現在、無料で見学できるほか、有料で貸館もされています。
開館時間は10:00~16:00、月曜(祝日の場合は翌火曜日)と年末年始は休館。
貸館と重なる時間は見学できない場合もあるそうなので、心配な方は事前に問い合わせるとよいかもしれません。

詳しい情報は、白河市公式サイトに掲載されています。
>> 白河市公式サイト「旧脇本陣柳屋旅館 蔵座敷」を参照する

2018-05-25 : 史跡情報 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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大日影トンネル遊歩道 閉鎖される

平成28年(2016)4月25日、山梨県甲州市は、大日影トンネル遊歩道を閉鎖しました。

この遊歩道は、JR勝沼ぶどう郷駅の南にあります。
甲陽鎮撫隊が戦った柏尾との間を、徒歩で往来するには便利な経路です。
歳月堂発行『ふぃーるどわーく甲州』の誌面でもご紹介しました。
(※トンネル自体は明治期の遺構であり、新選組の関連史跡ではありませんが、柏尾行きの利便のため掲載しています。)

甲州市によると、昨年度末の調査によって、トンネルに経年劣化と漏水への予防対策が必要であるとわかったそうです。現状のままでは壁面などが落下するおそれがあるため、当分閉鎖とのこと。

甲州市では今後、対応策を検討。
改修し安全性を確保した上で再開する考えであり、再開時期は未定のようです。

現地を訪問するご予定の方々は、どうぞご留意ください。


山梨県甲州市観光協会「ぐるり甲州」
>>大日影トンネル遊歩道の閉鎖について を参照する

2016-04-28 : 史跡情報 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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吉野宿の旧本陣 売却を検討

旧甲州街道の宿場・吉野宿(神奈川県相模原市緑区吉野)は、新選組ゆかりの地です。
詳しくは、歳月堂の新選組史跡ガイド『ふぃーるどわーく甲州』で紹介しました。
この吉野宿の旧本陣・吉野家が、敷地の売却を検討しているそうです。

甲州道中(甲州街道)・吉野宿の吉野家がこの地に住んだのは、鎌倉時代が始まりと伝わっています。
江戸初期からは名主を務め、また街道整備とともに宿場の本陣を務めるようになりました。

明治期となっても本陣としての威信を示し、1876年(明治9)には木造5階建ての「五層楼」を新築。
1880年(明治13)、明治天皇の行幸に際しては、昼休憩のための行在所として使われました。
1896年(明治29)、大火により旧来の建築が失われ、土蔵(江戸後期建築)のみが焼失を免れています。
国道20号線の拡幅工事に際しては、この土蔵を移動させしながらも、保存・修復の努力がなされてきました。

yoshino_honjin.jpg
吉野宿旧本陣 土蔵と聖跡碑

この土蔵は、土壁造りの3層構造で、扉には焼けた跡が残っています。
慶応4年3月、新選組(甲陽鎮撫隊)もこの吉野家の前を通ったことでしょう。

昨年、第29代当主・吉野甫さんが93歳で逝去され、土地・建物の維持が難しいことなどから、売却が検討されているとのこと。
売却されれば、焼失を免れた土蔵も、敷地前に立つ明治天皇聖跡碑も、取り壊される見込みです。

これらを取り壊さず保存するとすれば、当然ながら相応の費用や手間がかかるでしょう。
それを思えば、部外者が簡単に「保存して欲しい」などとは申せませんが、非常に残念ではあります。

ちなみに、旧甲州街道が相模国を通る区間には、4箇所の宿場がありました。
江戸寄りから順に、小原宿~与瀬宿~吉野宿~関野宿です。
これら相州4宿のうち、関野宿は何度かの火災により本陣ほか旧来の状態が失われて久しく、与瀬宿も旧本陣の敷地は先年売却されました。
これで吉野宿の旧本陣が売却されれば、敷地・建築ともに現存するのは小原宿のみとなります。
(※小原宿と与瀬宿は、『ふぃーるどわーく甲州』に掲載しました。)

旧本陣が消えてゆくのは寂しいことですが、吉野にはまだ郷土資料館「吉野宿ふじや」があり、かつての街道や宿場の様子を伝えてくれています。
せめて「ふじや」は今後も末長く存続してくれるよう、願うばかりです。

yoshino_fujiya.jpg
郷土資料館「吉野宿ふじや」

参考:毎日新聞Web版 2015年11月15日
旧本陣・吉野家:売却へ 江戸期、甲州街道の宿泊所 「聖跡」碑や土蔵も解体か 相模原/神奈川
http://mainichi.jp/articles/20151115/ddl/k14/040/126000c

2015-12-13 : 史跡情報 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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